万葉集にも詠まれる奈良県・二上山のふもとで、翻訳の仕事にいそしんでいます。
大阪に出掛けて大学院生もしています(社会福祉専攻)。雑多な日々の生活で感じた
ことを、徒然なるままに、Ten thousand leaves 目指して綴ってまいりますので、
どうぞよろしくお付き合いください!

2012年08月09日

スクーリングにて(社会福祉実践論)

ただ今、大学近くのホテルの部屋。
今日から2日間スクーリングがあって綾香も一緒。母が勉強中は大学の保育施設にまた入れられているカワイソウな娘ではあるけど、本人は結構楽しかったみたいで、今日はお兄ちゃんたちとオリンピックごっこをしていたらしい。先生はオーストラリアチームにされて、日本が勝った瞬間、花吹雪が舞うというストーリーだったそうだ。

それはさておき。
今日の講義の内容は、主に知的障がい者(児)の家族の現状把握、その改善のためにはどうすればよいか、というテーマだった。さすがに5回生ともなると、初めて聞くというような内容はだんだん減ってきて、そういう意味では少しは賢くなったのかもしれないけど、当初よりも何故か違和感みたいなものが強くなってきた。

自分でもよくわからないけど、今日のグループ討議でも、私の考えはほかの人たちとなかなかかみ合わない。このなんとも言えない居心地の悪さみたいなのは、実は里親研修でも感じるもので、あまり私の考えには賛同してもらえないので、きっと間違っているのか、少数派の考え方なんだろう。

どう違和感をもつかというと、例えば、
「障害者・家族の暮らしの貧しさの特徴は何か」、「障害者・家族の豊かさをどのように形成するか」というテーマで、グループで議論すること。最初の質問で、なんで「貧しい」としているかというと、もちろん経済的なことが大きいけど、自由時間の使い方がテレビを観ることだったり、買い物先がコンビニや自販機だったりするというデータを基にして、彼らの暮らしが「貧しい」としている。

でも、自由時間をクラッシックを聴く時間に充てることが豊かだったり、買い物先がブランドショップだったりすることが、豊かさの表れなのかな。「私たち」は豊かで、「彼ら」は貧しい?
児童養護のことでもそう。彼らはとっても不幸な存在なのかな。私たちは幸せですか?

ちょっと今でも心の中が悶々としていて、文章にまとまりがないけど、私は相手をカワイソウな存在だと決めつけること自体にたぶん違和感を持っているんだと思う。
少し前のブータンの国王とお妃が来られた時も、日本人が衝撃を受けてしまったのは、自分たちのほうが豊かだと思っていたのに、実はそうではなかったのかもしれないって、気づかされたからじゃないだろうか。

やっぱり私は、間違ってますか?





posted by nara-nara at 22:19| 奈良 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 大学のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんにちは!
昨夜、偶然NHKで乳児院を取材した番組を視て、naranaraさんのことを思い出してました。

で、こちらのお題(?)。。。私もnaranaraさんと同意見です。
マジョリティがマイノリティを上から目線で見る傾向があるんですかね?
日本は色んな意見が言える国だけど、事なかれ主義という言葉もあるくらいで、ものの本質を見たり考えたりする力が弱くいのか?シャイなだけなのか?
いずれにせよ“尊厳”を後回しにして“気の毒や”“可哀想”という見方は如何かと。。。

でも私も知らず知らず、それに似た見方をしてたなと思うことが最近ありました

少し前に養子縁組には賛成だけど里子制度に反対する元里子たちのサイトにて、
里親家庭をたらい回しにされたり、里親家庭で散々な経験をした人たちのお一人の例です
小学生の頃、施設にボランティアで来るピアノの先生は優しく丁寧に弾き方を教えて下さったそうです。
その後、里親家庭に入ったものの小学校の担任に里親が嘘をつき(その子がピアノを弾けたので、担任が家でも弾くのかと里親に尋ねるとyesと答えた。でも里親宅にピアノはなかった)それが悔しくて、後日その子は担任に真実を言うと、その話をちゃんと聞いてくれて、すごい安堵感を得たそうです。
その人はピアノの先生や小学校の担任のように、関わった時間は短くても、そういう大人がいた事で、信頼できる大人が世の中には必ずいると自分を励ましてたそうです

里子を問題児扱いしたり、ビジネス感覚の里親、いるんですね(悲)
里親制度は一つ間違えば搾取だなと正直思いました。。。
だから里親研修とか制度化されたのだとは思いますが、里親家庭にやってきた子はその子なりに(年齢が上がるほど)気を遣うでしょうね
本当に馴染めたらいいけど、他人から見たらいい親子でも、子供が一生懸命演じるケースもあるのかな?と勝手に想像してしまいます

こういう現実を知ると【施設=家庭的じゃない=NG】という私の思ってたイメージは改めるべきだなと感じました
里親家庭をたらい回しされるくらいなら、施設の方がほっとするという子供もいる。。。それなら、里親じゃなくて「うちにご飯食べに来たら?」「またお喋りしよ」と言えるような大人になる方が私には向いてるかな?と今は思ってます

なんか、コメントが最後は自分の気持ちの確認みたいになって、暑苦しくなってすみません

naranaraさん、間違ってないですよ

Posted by ケイト at 2012年08月24日 16:40
ケイトさん

NHKの番組、見るのを忘れてました。。。最近、NHKのこういった番組増えましたね。それとも、私たちが気にするようになったのかな!?

施設=NGではないという点、私はずっとNGだと思っていたのですが、大学のスクーリングとかでも、そうでは必ずしもないことを少しながら学びました。日本の家庭制度や社会のあり方や、そのなかでの福祉のあり方とか、いろんな歴史を経てきたなかで今の状態がある(例えば施設:里親=9:1)のを、全面的に否定しちゃうと、問題はきっと解決しないままなんでしょう。

里親のあり方とか、大人のあり方というのも絶対こうあるべきというのはないはずだから、私も私のやり方でいいのかなと思っています。というか、子どもからみても、いろんな選択肢があったほうがよいというのを、大学で一緒になった方から言われ、少し気が楽になっていました。

きっと、ケイトさんのような大人を求めている子どもがいるだろうし、私のような大人を求めている子どももいる(希少価値かもしれませんが!)と思いたいですね^^
Posted by nara-nara at 2012年08月24日 22:12
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。