万葉集にも詠まれる奈良県・二上山のふもとで、翻訳の仕事にいそしんでいます。
大阪に出掛けて大学院生もしています(社会福祉専攻)。雑多な日々の生活で感じた
ことを、徒然なるままに、Ten thousand leaves 目指して綴ってまいりますので、
どうぞよろしくお付き合いください!

2016年06月18日

なんのために働くか

6月15日付毎日新聞 水説「スイスからの問い」より

すべての国民が生活に困らないだけの一定額を受け取るbasic income(最低限所得保障)の是非を問う国民投票がスイスで実施された。一定額というのは、この場合大人で月約27万円、子どもは約7万円で、文字通り生活には困らなそうな額だ。

結局は76.9%の人がNoと言って否決された(投票率は23.1%で低めだった)のだけど、こういうテーマを机上に乗せたことで、少なくともヨーロッパではいろんな議論を巻き起こしているようだ。その一つが、

所得保障がされると、人は働かなくなるのか。

この質問を日本でしたら、えらい感情論になりそうだ
生活保護バッシングの嵐がすぐに吹き荒れることを考えると、「当たり前だろ」の怒号が聞こえてきそうだ。

でもでも、このコラムにも書いてあったけど、とりあえず生活の心配がないのであれば、人は自分の力を他の人や社会のために使えるんじゃないだろうか。自分の生活で精一杯です!じゃなくて、どうやったら人のため、社会のためになれるんだろうということを考える余裕が出てくるんじゃないのかな。

誰かが適職と天職の違いについて話していた。
人は生きていく分だけは稼がないといけないのだけど、それについては自分の得意とするところを仕事とするのが効率的で、それが適職。天職というのは、給料がどうとかは一切関係なく、自分が楽しいと思えること、それが人の役に立っていると思えるような仕事のことだと。これって私も賛成で、この2つのバランスがうまく取れるような人生って最高だなと思ってる。

国民投票は圧倒的な差で否決されたけど、これを議論できるスイスは、やっぱり成熟した社会なのかな・・・と、議論の余地がなさそうな日本国民として思った。



posted by nara-nara at 08:39| 奈良 | Comment(0) | TrackBack(0) | 仕事のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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